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2005年 8月 2005/8/7 (日)山名沢湖インタビュー 『ほんえろ』 『コミックキラリティー』 Vol.1 真島悦也『コイネコ (1)』&かずといずみ『貧乏姉妹物語 (1)』のカバーイラスト(すいーとポテト@はてな) 2005/8/8 (月)
『HIROKO TANIYAMA & KERA meet MONTY PAYTHON』 9月1日に浜松でのソロコンサートもあります。 taniyama.hiroko.comに繋がらない……と思ってたら、なぜかmaijar.orgにも繋がりませんね……。 ↑追記。 ■Amazonのコミック&ライトノベルのセットフェア売り切れ御免! おまけ付きコミック&ラノベセット
一緒に普通のセットコミックフェアもやってるみたい。 2005/8/9 (火)本屋の棚に飾ってあった米澤穂信サイン色紙が、きょう見たら平台の上に転落してました。不吉……。 ■[感想]『新・世界の七不思議』鯨統一郎[創元推理文庫]著者のデビュー作『邪馬台国はどこですか?』【 Amazon 】の続編になる短編集。雑誌ライターの宮田、歴史学者の静香、バーテンダーの松永という面々による歴史談義を経て宮田が奇説を披露するというフォーマットは前作と同じなのですが、読んでみるとけっこう違いがありますね。好きなのは「ノアの方舟」と「ナスカの地上絵」かな。 題材としては前作が人物や日本史にまつわるものだったのに対して今回は古代遺跡にまつわるものが多いのですけど、一般的に史実として知られている、信じられていることを否定するところから始めて奇説へとたどりつくあたりに突き抜けたインパクトがあった前作と較べて、今回は同じように奇説ではあっても一般的にも謎とされているものに改めて宮田流解釈を示すという、振幅の少ない展開に留まる分だけカタルシスみたいなものに乏しいという感じはします。 あと、宮田と静香の関係というかやりとりも変わってますね。前作では尊大な歴史学者の静香が宮田によってやり込められる間抜けな役、というパターンで描かれてたと思うのですけど、今回は(面目を保つわけでもないんですが)そこまで一方的なやられ役みたいな感じはしません。……というか、ツンツンしっぱなしの静香もそれはそれでいいんじゃないかとだんだん思えて来たり。 そんなわけでデビュー以降のイメージからするとやたら良く出来ているという感じもある前作と較べると今回はむしろいつも通りという感じに近いのですけど、でもやっぱり鯨好きだ。これなんかけっこう青春アドベンチャーでラジオドラマ化してみてもいいんじゃないかと思うんですが、それって「笑う20世紀」あたりの藤井青銅作品に似てるところがあるせいなのかも。実際にラジオドラマ化されたのは、現代っ娘が明治維新にタイムスリップしてしまう『タイムスリップ明治維新』【 Amazon 】なんですけどね。 2005/8/10 (水)『極上生徒会』キャラクター人気投票(阪神タイガースと交響詩篇エウレカセブンと極上生徒会を応援するサイト@Angel“Max”Heart Club) 夏コミで「富士見ミステリー200冊完全レビュー!」が欲しい ■[感想]「恋をしないと死んでしまう」
谷山浩子というちょっと変わった歌を作っている人がいます。その歌のどのあたりが変わっているかといったことをたまに考えるわけですが、そのひとつとしては「歌の中に登場する詩的表現がそのままストーリーを構成するための言葉になっている」という点であるのだろうと思います。どういうことかというと、たとえば「街は砂漠になる」みたいなフレーズがあったとします。それは主人公の孤独や絶望を表現するための比喩表現として出た言葉なのですが、谷山浩子の歌の場合はそのフレーズがあることで実際に町が砂漠になってしまうわけです。 これは「心情を表現した言葉が、それだけに留まらずストーリーまで展開させてしまう」ということになります。谷山浩子の歌ではそんな心象風景のような詩的表現によって現実が形作られる物語だと受け取れるわけです。一般的な小説やポップミュージックではこうした詩的表現のような言葉はその時の心情を表すための修飾的な表現として使われるだけで、作品内の現実に影響を与えるようにはなっていません。このように、心象風景を描く言葉と現実世界を展開させる言葉が直結しているのが谷山浩子の歌なのだと思います。 こうした谷山浩子の歌のような物語の描き方をもし小説でしたならどうなるのか、というとひとつの形としては『ロクメンダイス、』のような作品になるんじゃないでしょうか。たとえばこの作品のあらすじにある「恋をしないと死んでしまう」というフレーズにしても女性誌や少女漫画なんかの煽りとしてありそうなイメージの表現ですけど、この作品では本当にそういう病気になっています。また、戦う意思を持つことがそのための武器を持つことにもなる。それは心の言葉が現実の言葉に繋がっているということで、そういう特徴を持ったこの作品が心の病を持った主人公による現実世界と心的世界の話になっているというのもかなり自然なことなんじゃないかと思います。 谷山浩子作品の場合にはストーリーが(分量的に)短いし、その言葉には音楽がついています。それらの特徴がこの「心象風景を描く言葉と現実世界を展開させる言葉が直結させる」という方法を成立させやすくしていると考えられます。ですからそれと同じようなことを長編小説でやろうとするのはきっと大変でしょう。実際に『ロクメンダイス、』はかなりとっつきにくい作品になっているように感じられ、特に最初のほうはモノローグをずっと読まされているようでもあります。ずっと自分の心と向かいあっている主人公の語りは読者には不親切でもあるし、そんなふうに文体が偏っているのに対してストーリーそのものは比較的シンプルでちょっと物足りないくらいだったりもします。……というように手放しに誉める気にはなかなかなれないのでもありますが、ここで触れたような独特の言葉で書かれた作品としてはそれなりにうまくいっていておもしろいですよね。どことなく純文学っぽい感じのタッチでもありますが。こういう作品を出してるあたりが富士ミスのステキなところでしょう。 2005/8/11 (木) アニメ 「ぺとぺとさん」 主題歌「知ラナイナイ空」 試聴開始(モノグラフ) みっしりしたきょうこの頃です。 たまたま本屋を見かけたのですが、入ってみたところでエロ本専門店だということに気がつく。そこでせっかくなので小説のあたりをちらっと眺めてみたのですが、美少女文庫や二次元ドリーム文庫 に混じってなぜかスーパーダッシュ文庫が3冊……。 ■きのうの『ロクメンダイス、』評について「谷山浩子作品に近い方法で書かれた長編小説」という、このサイトらしい紹介をしてみたわけですけど、その谷山浩子にしてもいくつかある長編小説の中に『ロクメンダイス、』ほどこうした方法を徹底させた作品はちょっとない気がします。谷山浩子でいえば『四十七秒の恋物語』【 Amazon 】に収録されている短編がそれに近いんじゃないかと思いますが、それも歌と同じでショートショート的なスケールだから成立している作品でしょうし、つまり長編小説でそうしたことをやるのはよほどのことなのだと思います。 ちなみに、あえて谷山浩子の長編で挙げるとするともっとも近いのは『少年・卵』【 Amazon 】かな。これも心の病をみる医者みたいな人物が登場します。『ロクメンダイス、』と違って、こちらは心と現実というよりももっぱら心の世界の物語という感じですが。 ファウスト系という評があるみたいですけど、わたしの場合、こんな感じで特にそういうふうには思わなかったです。もっとも、スタンドバトルとは近いところがあるかもしれませんが。あれって確か「精神のあり方がスタンドの形状や攻撃方法にあわわれる」みたいな設定でしたよね。 それにしても、富士ミスに対しては以前から"谷山浩子ミステリー"みたいなものを期待してたりする面が個人的にはあったりするんですけど、その上でも『ロクメンダイス、』はまったく予想外の方面での収穫でした。 2005/8/12 (金)『ひとひら(1)』桐原いづみ[アクションコミックス]【 Amazon 】 人前に出るのが苦手な女の子が演劇研究会に入部させられて、いろいろ恥ずかしい目にあわされちゃう話。表紙もちょっと恥ずかしいですが勇者なら突撃です。 『コイネコ(1)』真島悦也[サンデーGXコミックス]【 Amazon 】 主人公のことが好きだという何だかおかしな女の子は、実は猫だった。……という恥ずかしくなるような古典的ラブコメ設定になってたりしますが勇者なら突撃です。 ■[感想]バカセカイ系『西城秀樹のおかげです』森奈津子[ハヤカワ文庫]【 Amazon 】 あー、面白かったです。レズ、SMといった性愛をテーマにしたバカSF……といったところですが、読んでみないことにはどうしようもないタイプの面白さですね。ライトノベルとポルノとSFを足して割ったみたいなもの――かも。ひぎぃっ。 表題作にしてもそうで、こんなタイトルで中身のほうは人類滅亡SFだったりするんですけど、そこでわずかに生き残った人類がエス妄想にふける女と女装ホモで、そのふたりのアホなやり取りで話が進むという……。いま読んでみると"バカセカイ系"という感じもします。 収録作品の中ではアンドロイドメイド(?)が登場する「哀愁の女主人、情熱の女奴隷」がSFフォーマットの比較的とっつきやすいコメディという感じで好きかな。他にポルノ度がちょっと高めの作品もありますが、短編なのでそういうのが苦手な人でも何とかなると思います。実際、もう少し濃くなったらついていけないだろうなーという感じはするんですけど。 それにしてもマゾ最強ですね、これ読んでみると。……ホントか? 2005/8/13 (土) 05コミケ ラノベまとめ(まいじゃー推進委員会!) ■[感想]まんがライフMOMO 9月号[竹書房] この雑誌って面白い時はみんな面白いけど、つまらない時はなぜか揃ってつまらない――というようなことを前に書いたんですが、今回は面白かったです。……というか、感想書いてなかったけど最近はずっと調子良かったかも。山名沢湖『レモネードBOOKS』が本のしおりについての雑談から始まって山名沢湖らしい("岩田くんらしい"というべきかもしれないけど)ワンダーにつなげる良い話ですね。実際はカップルでそこまでするイベントでもない気がしますが。あとは真島悦也『ちとせげっちゅ!!』の「魔改造」にウケてたり。かがみふみを『ほんわかちづる先生』は、ちづる先生と生徒の女の子(小学生?)のオトナっぽさがいろいろな意味で逆転してるのが非常によくわかる夏の日の 『ほんわかちづる先生(1)』かがみふみを【 Amazon 】 2005/8/14 (日)■小さなハートがずきんずきんおねがいマイメロディ ずきんデザインコンテスト作品募集中!(CAXの日記) 応募するつもりはありませんが、デザインのためには「ずきんを取った頭はどうなっているのか」というところから話を始めていただきたいところ。……ヘルミッショネルズを連れて来るべき? ■[感想]コミックハイ! 8月号 いまさらですが、先月号の感想。 山名沢湖『委員長お手をどうぞ』がまた恐ろしくベタなラブコメになってるんですが、そこに昔のジャンプネタを挟むのが山名クオリティ。ネタとして心に響いたのはそれよりトシちゃんだったりしますが。タカハシマコ『エオマイア』はエロい展開に入ったかと思ったら食欲対性欲の闘いへと……。梅川和実による新連載『そら☆みよ』はまだ何とも言えないところですが、天文部の話なので、同じ文化部漫画の『ひとひら』とかぶりませんように。流星ひかる『それはロボット』は、おかっぱでセーラー服の妹とロボット、という出血大サービス。 2005/8/15 (月)■あなたは少年ですか? それとも卵ですか?『少年・卵』谷山浩子【 Amazon 】 そんなわけで、再読。 谷山浩子の小説作品の中でも特に濃い世界が描かれ、挿絵もそれに見あうものがつけられているということでファンのあいだでは特に人気があるとも言われているサンリオ作品。その中で最後に刊行されたのが『少年・卵』で、1993年の作品。これ以前にサンリオから出た作品がどれも連作やそれに近い構成になっているのに対してこの作品はひとつの長編として書かれています。 いまになって読んでみると、この作品に書かれているのはノベルゲームのような、いくつかの"ルート"があった上でそのすべてを選択しないと全体がわからないようなものを連想する内容です。そういう意味では小説で言えば『ブギーポップは笑わない 』【 Amazon 】あたりに1番近かったりするのかもしれません。 鳥子が様子のおかしくなっていた朝也を心配しているうちに、彼は学校へ来なくなってしまう。家族ぐるみで朝也の家に何かが起こっているらしいことを知ってたずねて行った鳥子は、そこで自分を見ても何の反応も示さない朝也たちの家族と、その中心にいる奇妙な少年を見つける。異常な状況を恐れて家を出た鳥子が出会ったハンバランという男によると、その奇妙な少年は朝也の弟の猫也で、ハンバランの患者なのだという。 上に書いたのがあらすじ。でもたとえば作品内に1から10までの時間の流れがあるとして、これで普通なら全体の1くらいの流れは少なくとも知ることが出来るはずですが、この小説の場合はちょっとそういうふうではないのですよね。ミステリーの場合なんかだと時間の流れが入れ替えられていたりすることがありますが、そういうのとも違います。どういうことかというと、この作品の文章が作っているのは小説の最初から最後へと向けて流れる一本の"時間"ではなく、いちどに最初と最後を含めた全体を見なくてはいけない1枚の"絵"のようなものなのだと思うのです。ですから上のあらすじも、小説の冒頭ではあっても物語としては絵の一部分であって、それが全体にとって重要な部分だったにしてもそのほんの一部分の絵を見ただけでは全体の絵を知ることも想像することも出来ないわけです。 この作品には主人公として考えられる人物が3人います。語り手の少女である鳥子。不思議な少年の猫也。物語の中盤に登場する「みながわみなこ」と呼ばれる女性。「心の問題を解決する医者」であるハンバラン博士にとっては患者だといえる、この3人の話があるわけです。直接に語られるのは鳥子のルートひとつだけですが、他のルートも語り手にとっての外部ではありません。そのあたりは「そもそも(本当の)語り手は誰なのか」ということにもなりますが、語られるのはすべてのルートを俯瞰した全体の絵であって、この物語は鳥子だけのものでもなく、猫也だけのものでもなく、みながわみなこだけのものでもないのですよね。 ここで"ルート"と表現したそれぞれの話があるこの作品は、谷山浩子による他のサンリオ作品と同じように連作的でもあります。それなのにエピソードごとの区切りや順番といったものがこの作品にないのは、そこで俯瞰される全体の絵というのが、現実の世界の法則から離れた、ある人間の内面で起こっていることを小説として描いたものだからというふうに考えられます。……そんなわけで、心の中の世界を描いたこの作品はまた非常に谷山浩子らしい話なのでした。 2005/8/16 (火)■『殺人ピエロの孤島同窓会』第4回このミステリーがすごい!大賞の一次選考通過作に12歳の女の子の作品が――ということで(いや、女の子かどうかは知りませんが)リンク先にある冒頭を読んでみました。……ヤバイ、普通に読んでみたい。ノビ太くんノビ太くん! 『宝妃(ほうひ)』若王子泉にもちょっとだけ惹かれるけど、星新一作品の話から始まる『ツキノウラガワ』多々忠正がまともに面白そうかな。……PDFを読んでみたのはこの3作だけですけど。 ■構造改革まいじゃー分室〜トンボのメモ帳〜 - サイト構造を見直す、かも? 他の方が書いてる名台詞と日付(リンクマーカー)の順番を入れ替えてほしいということと、そのトップにある日付のリンクマーカーで直接過去ログのほうへリンク出来るようにというふたつだけはとりあえず考えていただきたいところ。 それよりも前に、まちがいツッコミ専用スレというのが掲示板にあるので、そこに書き込みされた件についての対応をそれなりにしたほうが良いと思ってるのですが……(掲示板のレスはともかくとして)。トップページからのラノパへのリンクについても、ツッコミもあったのにいまだにそのままですし。 2005/8/17 (水)■萌えの入り口論「"萌え"と"好き"は違うのか」とか「"萌え"と"燃え"は違うのか」といったことにも触れられていて、意見を異にする場合にも、あるいはそれと関連するような話題について触れる場合にも参照出来る、まさに"萌え"の入り口論としても読めるテキストかと思います。 内容について具体的に反応するとしたらそれなりの手間がかかるだろうということもあるので、そのあたりのコメントはなしということで、ここでは紹介するだけにしておきます。……それにしても、ここにあるエロパロやエロゲーがオタクのあいだに一般的になる前の状況ってのも、「大革命」とあるように、現在からだと想像するのもけっこう難しそうですね。「美少女漫画」っていうのも死語っぽい感じが……。 ■そういえば読書感想文夏の読書感想文秒殺コンクール 2003というのもありましたね。しかしまあ、国語教育も不自由なことです。 ■「ミス」というくらいですから例外がいくつもあるだろうことはともかくとして、富士ミスに少女向けレーベルっぽい傾向があるのはわりと特徴的なところなんじゃないかと思います。以前の感想でも書いたことがありましたけど。たぶん富士ミスの「ミステリー」ってのもコバルトのミステリーっぽい作品あたりのイメージなんじゃないでしょうか。……といっても、コバルトのミステリーっぽい作品についても語れるほど読んでるわけじゃないんですが。 それでも、富士ミスがどうしてそうなってるのかということについてはちょっと見当つかないです。誰か……! それにしてもすごいデータ量ですね……。これで中を読まずにコバルトに近いとかわかるとは。……などと思いつつ眺めてたらまた富士ミスが読みたくなって来てしまった。 2005/8/18 (木) SuperLite2000 アカイイト 『極上生徒会』の次回タイトルに笑う。それにしても前回(人形2体話)みたいな、いままで(一応)引っぱって来た謎をあっさり明かしてしまうあたりがこの作品らしい感じですね。今回の歩の件もあっさりでした。 スーパーダッシュステーション 熱ラジ。を聴いてみました。中原麻衣が金田朋子を扱いきれてない感じですね(^〜^;) 2005/8/21 (日) 直後の「最近の読了本」がローダンだったら笑い死んでたかも。 ■[感想]ぼくのミステリと日常『春期限定いちごタルト事件』米澤穂信[創元推理文庫]【 Amazon 】 高校生活を"小市民"として穏やかに過ごしたい小鳩くんと小佐内さんのふたりが妙な出来事にぶつかって探偵役をしてしまうという、"日常の謎"ミステリの連作短編集。創元のお家芸といってもいいタイプの作品でもありますが、それはこの作者にもあてはまることなので、この短編集は収まるべきところに収まったという感じでしょう。創元ミーツ米澤穂信、ということで。 語り手はちょっとおかしな出来事などを見るとつい"探偵"してしまい、しかもそれ解明してしまうだけの能力も持っている小鳩くん。過去にはその結果として人を集めて「さて」と言ったりしたことも何度もあったようですが、そんなふうに出しゃばって痛い思いをした経験をして高校へ入るのをきっかけにして探偵することをやめて"小市民"として生きようと心に決めた小鳩くんのまわりでまた彼の探偵癖をくすぐるような出来事が起こる。主人公は学園生活の中で探偵する誘惑を"小市民たれ"という志で退けようとするわけですが、そんな高校生が主人公のこの小説は「"ミステリ"である逃れられない事実を何とか抑えながら描かれようとする"学園小説"」というふうにも読めるかと思います。その行き着くところについてはともかく、ラストの「孤狼の心」でそこまで描かれた日常の中に潜んでいたある事実が明らかにされていく様子は若竹七海の『ぼくのミステリな日常』【 Amazon 】を連想するように鮮やかでした。 1話目、2話目あたりは学園で起こった少し変わった出来事といった、謎にしても解明にしてもたわいもない印象の短編で、それに首をつっこむ主人公も問題に対して軽く受け流すような余裕があったりします。面白いのが3本目で、「おいしいココアの作り方」というタイトルにしてもふざけてるんですがそれはともかく、本編の方は残された状況から考えられる可能性を並べてひとつひとつ検証していく論理タイプのミステリなんですが、この謎のオチが"感嘆"というよりも"脱力"という感じ……とまでは言いませんが、「事実は小説より奇なり」といったような真相なのですよね。でも、言い換えれば「日常はミステリより奇なり」とも言えるようなその真相を小鳩くんが探偵役として高らかに解明してしまう(しかも、うまいこと乗せられて)というあたりの可笑しさがさらに話のオチになっていて、この顛末が小鳩くんの能力と限界、それと本作の面白さをよく表してるように思います。 本人にとっては深刻だろうそうした問題でも「持ち前の推理力を使って事件を解決出来るしそれを本当はやりたいのに我慢している高校生」となると、作中で小鳩くんの友人も言っていますが、客観的に見るとけっこう"嫌なヤツ"だったりします。でも、そういったところもひょうひょうとユーモアとして読ませてしまえるところがこの作者の味でしょう。そんな「小市民たれ」という小鳩くんの志を貫くのもこの調子だとまだまだ無理っぽいですけど、はた目にはさっさとくっついちゃえという感じがしないこともない小佐内さんとの関係も、小鳩くんの自意識の高さからすると実際に付き合っているところというのは想像しにくいですね。その志を同じくする小佐内さんにしても、普段は小鳩くんよりずっと辛抱強く出来るのにいったん火が付くと手がつけられないというあたりが小市民というより大魔人みたいで、小鳩くん以上に途はけわしそうですよね。 2005/8/27 (土)OKWeb 『クドリャフカの順番』のカバーを外すと…?(三軒茶屋) ■女性向けレーベルと男性向けレーベルとBLと縞田理理の《とろいのです》。 『ライトノベル』と『少女小説』 少女小説というか、コバルトに代表されるような女性向けレーベルはライトノベルとして見なされているのかどうかという話題ですけど、この話題そのものにしても「少女小説はライトノベルじゃない」と見なされていたなら初めから出て来ないので一応「少女向けレーベルもライトノベルだ」という理解のもとに話されているのでしょうね。だから『少女小説』は『ライトノベル』の一部なのかそうではないのかという縞田さんの言葉は、去年あたりから出ているガイド本に対して発せられているものなのだろうと思います。 売り手側がライトノベルという言葉とくくりを積極的に使うようになったのはかなり最近のことで、去年までは(女性向け・男性向けとかいう以前に)複数のレーベルをひとまとめにして紹介したり評論したりすること自体がほとんどなかったはずです(それらしいのは『活字倶楽部』くらいでしょうか)。ライトノベルというくくりは受け手に多くをよっているわけで、その受け手によるライトノベルのくくりに女性向けレーベルが入っているかというと、わたしもやっぱり入ってると思います。だから何冊か出版されたガイド本で女性向けレーベルの扱いが少ないのを見て「少女向けレーベルがライトノベルなのかどうなのかはっきりしない」というのは、それがライトノベルそのものの認識だとしたなら妥当ではないように感じます。 でも、これは漫画の場合と同じですけど、ライトノベルでもそもそもレーベル自体が男性向け・女性向けというふうに受け手を意識しているし、そのために受け手も男性であれば男性向けレーベルのほうを取りやすくなるのが自然でしょうね。もともとそういう商売になっているとすれば、それを受けて男性向けレーベルに特化するように作られたガイド本があるのは不思議ではない思います。もちろん、女性向けレーベルに特化したものが出てもいいわけで、ガイド本全般のバランスについて云々するより、そういう方向に期待したほうが良いかと思います。漫画の場合と同じで、女性向けのガイド本みたいなものを買う男性ももちろんいるでしょうし。……まあ、その女性向けについてはやっぱり雑草社に期待するしかないでしょうかね。 過去に書いた文章からちょっと関係がありそうなもの。 この話題を読んだあとで本屋で女性向けレーベルの棚を眺めていて、どちらかというと問題になるのは「BLはライトノベルに入るのか」ということなんじゃないかと思ったりしました。……ちなみに自分のことを言えば、BLは読んでいません。それはBLを特に嫌っているとかいうわけではなくて、たんに恋愛もの全般にあまり興味がない結果だと思いますが。 BLもイラストなどの要素ではライトノベルの条件を備えてるはずです。でも、だからといってライトノベルかだと認識されているかという話になると別なわけで、一般的に「スタイルとしてはライトノベルと同じだけど、ライトノベルとは認識されていない」というあたりが妥当なのでしょうかね。個人的にも、判断しにくいですけどやっぱりそんな感じがします。 ……で、そのBLを女性向けライトノベルとしたなら、男性向けの市場とくらべて勝りこそすれ劣ることはないんじゃないかと思うわけです。実際の数字は知りませんけど。もしBLが含められるとしたなら量的にも女性向けが男性向けと拮抗するだろうし、ガイド本やそういった紹介記事でも当然それだけのものが出て来るんじゃないかと考えられます。でも実際はそうなっていないわけで、男性向けのガイド本などで女性向けレーベルの扱いが少ないとしたら、少なくとも「BL作品が紹介出来ないから」というのは理由のひとつになるんじゃないでしょうか。――「紹介出来ない」というのがそもそもライトノベルとして見なされていないからなのか、それとも描写が激しいせいなのか、あるいは質の問題なのかはともかく。 2005/8/28 (日)ちょっくらレイアウトを変えてみたでよ。少し窮屈になった感じもするので、うちの環境で見るとぎりぎりぷりんなのですけど、どんなものでしょうか。web拍手もいままでより目立つようにしてみました。……さっそく押していただいた方がいるようでどうもです。サイト内検索も復活です。 ■銀河鉄道だ谷山浩子FAN同盟に掲載されている「休暇旅行」のイメージイラストが素敵ですね。……知らない方に書いておくと、本当にこういう歌だったりします。 2005/8/29 (月) 少女向けレーベル読書調査 女性向けレーベル中心に感想を挙げているサイトの管理人さんにはこういった話題について何か書くような人が少ない。――というのは妥当? 女性の書いてるweb日記は閉じてるとか、女性のサイトではリンクしてよそのサイトの話題に言及することが少ないというような話をどこかで読んだこともあった気がしますが。 ■[感想]コミックハイ! 9月号休刊したもえよんからの移籍組3作品のうちの2作品が新連載。ちょっとしか読んだことありませんが、もえよん作品はけっこう好みだと思います。でも、ハイのカラーとはかぶりすぎのような気がしますね。両方とも全体的にほわほわしたトーンで統一されているところがいいのではありますが、激しさや重さや壮大さのあるような、雑誌のメインになるような漫画が特にないというのが弱点。もえよんでやっていた作品が読めること自体は一読者としては喜ばしいのですけど、雑誌の存続にとっては補完すべきはそういうのじゃないだろう、ハイのほうも連載作品が十分に揃ったところだったのでタイミング悪いなあ、という感想が……。 巻頭カラーは桐原いづみ「ひとひら」。出たばかりのコミックス1巻からの続きが今月号で読めますよ、の第9話。いままで1話1話の分量が少なかったせいもあってマイペースな感じだったのですけど、ここへ来てぐっと話を進めに来ましたね。 東雲水生「ちびもの」はもえよんから移籍の非4コマ作品で、小さな神様とそれが見える女の子の話。……と書いてみるとなぜかミルモのほうを連想するのですが、まあ大雑把に言えば岡野史佳『ラブリー百科事典』や木村航『ぺとぺとさん』みたいな感じですかね。移籍第1話ですが安定してます。 紺條夏生「妄想少女オタク系」はいいノリしてるなあ。読み切りの時にはここまで読ませるとは思いませんでした。 塚本ミエイ「ぴるぴる」が移籍第1話なので未読者にわかりやすくしようとしたつもりなんでしょうか。登場人物が入れ替えになっていてかなりわかりにくくなってます(^〜^;) 山名沢湖「委員長お手をどうぞ」はすっかり開きなおってる感じですが、ショートショート3本というのもその内容もヤマナさんらしいですね。カレンダーのしるしがニクい。 タカハシマコ「エオマイア」はいつもの短編作品みたいな。まるまる回想なので、いつにも増して話が進んでいないというのがきついところ。 かがみふみを「ちまちま」はいま時ありえないういうい漫画ですね。エロ漫画とはまったく逆の意味で恥ずかしくて読めない人とかいそう。 『ひとひら(1)』桐原いづみ[アクションコミックス]【 Amazon 】 そんなわけで『ひとひら』ですが、掲載誌はアクションではないです。コミックスの「初出」でもどちらかといえば「アクション」の字のほうが目立つかもしれませんけど。 2005/8/30 (火)ジャンルとしてライトノベルというものを意識しなくてもいいかなみたいなことを書いてる人間としては少女向けレーベルがライトノベルかどうかとかBLがライトノベルかどうかとかいったこともどうでもよいわけだし、そのあたりの立ち位置から見ると、よそで書かれてるそれがライトノベルに入るのかどうかという意見でわかるのはどちらかというと主観的な、「その人にとっての興味の範囲がどこまでなのか」みたいなことなんだろうなと思ったり。 書いてみたいと思うことは他にもあったりするのですが、ちょっと追いつかないのでとりあえずブレーキをかけてみたり。 2005/8/31 (水)■物語ジャンルの話と8月の終わりひさしぶりにライトノベルの話(7)で「"ジャンルというもの"についてあらためて書くかも」とネタフリしてたので。このあたりで起き上がって、ざざっと書いておきます。 (1)ジャンルをつくりしもの ファンタジーとかSFとかミステリとかいったジャンルというものについては、それぞれの作品をスッパリと分類するものみたいにイメージされてるのがわりと一般的かもしれません。でも、そうした物語ジャンルといったようなものは必ずしも作品より先にあるようものではなしでしょうし、そこまで確固として存在しているようなものではないでしょう。 簡単に言えば、ジャンルというのは作品の中で使われている手法のようなもの(それは"モチーフ"でも"ガジェット"でも"テーマ"でもいいのですけど)によって形成され、そうした手法によって作品はジャンル分けされているのだと思います。たとえば本格ミステリの場合であれば、ある手法が使われていることによってその作品は本格ミステリだと見なされる。その「ある手法」というのが何なのかということを問題にするとジャンル定義論になるわけです。ですので、それが具体的にどういったものなのかということには触れないでおきますが、それは物語に使われる手法のようなものがたくさんある中で、ひとつのジャンルを成立させるだけの理由があるほどの特徴的なものなのであるのだと思います。 つまり、作品の中にジャンルを形成し得るほどに突出した手法のようなものがあって、なおかつ似たような手法がいくつもの作品でも使われるようになった場合に、それらをひとくくりに捉えるために新しいジャンルが生まれるということです。同じ手法を使っていたとしてもジャンルが生まれる前に書かれた作品であれば当然そうしたくくりとは関係なく書かれて読まれますが、ジャンルが成立したあとで同じ手法を使って書かれた作品だと、今度は初めからジャンルを意識して書かれたり、読まれたりします。 (2)ジャンル分けしにくい作品 たとえば「SFミステリ」といったように、ふたつのジャンルをあわせて呼ばれる作品が存在します。そうした作品にはSF的手法とミステリ的手法が使われていて、しかもそのふたつはともにジャンルを決定づけるほど突出したものになっているわけです。では、たとえばSF的手法、ミステリ的手法、ホラー的手法、学園小説的手法、ライトノベル的手法、という5つ手法がひとつの作品にあったとしたらどうなるかというと、そうした場合は「SFミステリホラー学園ライトノベル」なんていうふうに言われることはおそらくなくて、「ジャンル分けしにくい作品」といったように評されることが多かったりするんじゃないでしょうか。そうした作品は読む人によってジャンル分けが違ったりするわけです。 ジャンルを決定づけるほど突出した手法がひとつだけある場合は混乱なくジャンル分けがされますが、そうした手法がふたつある作品になれば人によってジャンルの認識も異なって来るわけで、既存の特定ジャンルにきっちり分けることは難しくなるわけです。そしてさらにジャンルを決定づけるような手法が増えていけばいよいよジャンル分けすることが困難になります。ジャンルを形成するほどのな手法がいくつもある場合、結果的にそれらの手法はいずれももう単独でジャンルを決定づけられるほど突出したものではなくなっているからなのだと考えられます。 (3)浸透と拡散 作品を決定づけるほど突出したある手法がいくつもの作品でも使われるようになった場合にそれらはひとつにくくられ、ジャンルが形成される。……そうしてひとつのジャンルを形成するほどの手法というのはそれだけの理由があるはずです。だから、ジャンルを形成するような手法は、似たような理由によってそのジャンル以外でも作品を決定づけない程度で同じ手法が使われるようになったりする「拡散」や「浸透」が起こることも不思議なことではないでしょう。 (4)ジャンルとジャンル分け つまるところ、ジャンルというものはたとえば作品にある面白さの種類をひと言で表現するために用いられているようなものであって、それは絶対的なものじゃないし、「これはライトノベルだ/じゃない」といったオールオアナッシングなものでもないと考えられるということです。ファンタジーとかミステリとかライトノベルとかいったジャンルは並列的なものや階層的なものとして捉えられたりしますが、それも便宜的なものにすぎないし、"ジャンルの壁"みたいなものにしてもそれがあると意識していればあるし、意識しなければないのだ、といっていいのだと思います。 もともとシンプルな話のつもりなのですが、それをシンプルに書けたかどうかはちょっと自信がありません。「本格ミステリとは何なのか」とか「SFとは何なのか」とか「ライトノベルとは(以下略)」いったことにこだわる楽しみもありますが、ジャンルやジャンル分けにこだわることで不自由になることはないと思います。他人があまりかえりみない点に注目して一般的でないジャンル分けをその作品にすることだって読者の自由だし、いくつものジャンルとして読めるような作品があったとしても不思議ではないですよね。こだわることが必ずしも悪いということではなく、ジャンルにこだわる楽しみもあればこだわらない楽しみもあって、場合によってそれは使い分けられるだろうと思うのです。 |
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