う た た ね こ や
〜 谷山浩子と本のあるところ 〜 

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<無題>
 その日、カナの家に帰ってきたのは父親だけではありませんでした。
「だれ? このひと」
 その人物をじっと見つめながらそうきいたカナに、父親は笑って答えました。
「やあ、本物の人間みたいに見えるだろう。だけどこいつは本当の人間じゃないんだ。こいつは機械でできてるんだよ」
「えーっ、それじゃあ、もしかしてパパがつくったの?」
「よくわかったなあ、カナ。そうだよ、こいつはパパがつくったんだ」
 カナの父親はほこらしげにいいました。
「こいつは家事もやってくれるしカナの話し相手にもなってくれるから、テストもかねてうちにつれてきたんだ」
「じゃあ、家政婦さんももういらないんだね。よかった。カナはあの人きらいだったんだ。きらいな人がつくった料理たべてもおいしくないもん」
 そういってカナはにっこりと笑いました。
 ──この人ならおいしい料理をつくってくれそうだなあ。だってこの人こんなにおいしそうなんだもん。
 カナはひとめで彼のことが好きになりました。

 彼はキリトという名前をつけられました。
 カナの家にやってきたころのキリトは何もしゃべらなかったのですが、日がたつにつれてだんだんとカナとも話をするようになりました。
「キリトは人見知りする性格なんだね」
 ある日、カナはキリトにそういいました。キリトはパパと同じぐらい背が高いので、カナは見上げるようにして話しています。
「いえ、そうではありません。私はあなたや他の人がしゃべっているのを聞いてだんだんと人の言葉をおぼえていくようにつくられているのです。だから最初にあまりしゃべらなかったのも性格のせいではありません」
「でも、それならキリトはだんだん人間の言葉をおぼえていってるってことだよね。すごいなあ」
 だけど、そういったカナの言葉にキリトは悲しい表情をして答えました。
「いいえ、ぜんぜんすごくなんかありません。私は言葉をおぼえるだけではなくもっと人間のことについて知りたいのです。私はもっともっと人間らしくなりたいのです」
 キリトは本当に人間のような悲しい顔をしていました。
「キリトはもうじゅうぶん人間らしいとカナは思うけどなあ」
「いえ、人間らしいのではなく、本物の人間になりたいのです」
 キリトはそのあとに「無理かもしれませんが」と付けたして、そのままうつむいてしまいました。
「そんなことないよ。きっとそのうちほんとの人間になれると思うよ」
 カナはあわててそう言いました。
「ねえねえ、それよりさぁ、キリトにお願いがあるんだけど。きいてくれる?」
「なんでしょう?」
「あのね、キリトの腕にかみついていい?」
「えっ……どっ、どういうことですか」
 キリトは思わず顔をあげてききかえしました。
「あのね、カナは好きな人といるとその人にかみつきたくなっちゃうんだよね。だけどパパにかみつこうとするといつもおこられちゃうんだ。だけどキリトならいいかなって思って」
「どうして好きな人といるとかみつきたくなるんですか?」
「えー、そんなことカナにもよくわかんないよぉ。ただね、カナは好きな人のことを食べたらその人と同じになれるような気がするんだよね。だけど生きてる人のこと食べちゃうわけにいかないからかじるだけでがまんしようと思うんだけど、それだけでも『そんなことしたらだめだ』ってパパはいうんだよね」
「そうですか。そういうことならわたしはぜんぜんかまわないですよ」
「ほんと!? やったぁ!」
 カナは大喜びでキリトの腕をとって、かみついてみました。
「わたしはあなたの望みをかなえるようになっています。あなたのお父様がそうなされたのです。だからあなたの望んでいることならなんでもかなえてあげたいと私は思っているのです」
 キリトがそういうと、カナは顔をあげてキリトの顔を見ました。
「カナもキリトが人間になれたらいいと思ってるよ。うん……なんかキリトの腕ってゴムみたいだね。こういうのも好きだよ」
 そういってカナはまたキリトの腕にかみつきました。
 キリトはそんなカナの様子をみながら何か考えていたようでした。だけどその瞳には何の感情も現れてはいませんでした。

 次の日のことです。
 その日は父親が休みの日だったので、カナはいつもよりはやく友達にさよならして帰ってきました。
 でも、家についても誰もカナのことを出迎えてくれません。おかしいなぁ、と思ったのですが、しかたがないのでカナはひとりで家の奥に入っていきました。
 どこからか変なにおいがします。むかしパパをかじった時のにおいみたいだ、とカナは思いました。
 においのするほうへ歩いていくと父親の書斎につきました。そして開いたままのドアから部屋の中を見たカナは「パパ……」と小さくつぶやきました。そこに血だらけになって倒れていたのは、もう完全に頭がつぶれていたけれどカナの父親にまちがいありませんでした。
「ああ、もう帰っていたのですね」
 後ろで声がします。カナがふりかえるとそこにはキリトが口のまわりを血だらけにして立っていました。
「人を食べてみたら私も本物の人間になれるかと思ったのですが失敗だったようです」
 キリトは本当に残念そうでした。
「そりゃそうだよ。だってキリトには胃袋がないもん。だから栄養を吸収できないんだよ。私がパパとおなじくらい頭がよくなれたらキリトに胃袋をつくってあげられるかもしれないのにね……。そうだ!」
 カナは父親のところまでいってそれをじっとながめました。
「キリトは私のねがいをかなえてくれたんだね。だって、やっとパパが食べられるんだもん」
 そういうと、カナはにっこり笑って父親の脳みそのかけらをひとつまみして口の中へすべりこませました。

あとがき
 96年8月の作品。いまだにこれだけは無題のままだったりします。……好きなんですけどね。
 2回目の採用作品。「夏なのでホラーが読みたいですね」と浩子さんが言ったのを聞いて速攻で出しました。構想1ヶ月くらい。執筆1日。そのわりに他の作品とくらべてしっかりとした出来になっているような気がします。最後にかかった曲は「Miracle」でした。