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〜 谷山浩子と本のあるところ 〜 

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少女3部作 ― II
 少女は少女だった。
 少女が初めて恋をした少年が成長して青年となり、やがて中年と呼ばれる年齢になってもなぜか少女は少女のまま、まわりの時間がどれだけ流れまわりの人間がどれだけ成長しても、その少女だけはまるで時計の針がいつまでも同じところをまわり続けているかのように少女の時間をあきることなく繰り返しているようだった。
 少女には興味を惹くものがいくらでもあったから、たとえその初恋が失恋に終わってもすぐに新しい遊びを見つけ、そして新しい恋を見つけたのでそれを悲しむようなことはなかった。そして自分だけが他の人と違っていつまでも少女のままでいること、かつて自分が恋をした少年との年がどんどん離れていくことにも疑問も持つような暇はなかった。
 そんなふうにして時は流れた。少女は次々に新しいものへと興味を移らせ、新しい恋を常に求めていった。しかしそんなある日、ふと少女はつぶやいていた。
「あーあ、なんだかつまんない。もっと楽しいことないかなぁ」
 望みはかなった。次の日、少女は空を飛べるようになっていた。不思議な体の軽さを感じた少女が軽く地面を蹴って跳び上がると、それが何でもないことのように空に浮くことができたのだ。
 少女は大喜びで空を駆け回った。そして遠い街まで飛んでゆき、今まで知らなかったたくさんのものに出会い、そして恋をした。
 少女は新しい恋人と一緒に空を飛ぼうとした。でも、少女にその恋人を持ち上げられるような力はなかった。「なーんだ、つまんない」そう少女は言った。
 次の日、少女はどんな重いものも手も使わずに空に浮かべて動かすことができるようになっていた。彼女は恋人のことなどすっかり忘れていろいろなものや人を持ち上げることに夢中になって、その時持ち上げていた少年にまた恋をした。
 こんなことが何度もくり返された。少女は次々に新しく身につけた力で遊び、恋をした。どんな言葉でも理解できるようになって遠い国の少年と恋をし、やがて人間でないものの言葉さえわかるようになって鳥や樹や古びた屋敷とも恋をした。天気をあやつって雨好きの少年と毎日傘をさして歩いたりもしたし、どんな遠い場所へも一瞬で行くことができるようになって地球とよく似た遠い星に住む少年とさえ恋をした。
 こうして少女はあらゆる事ができるようになっていった。もう少女は座ったまま軽く目を閉じただけでどんなことでも知ることができたし、どんなことでもできるようになっていた。少女は世界だった。
 ……ふと、少女が気がつくと目の前を一人の老人が歩いていた。そう、ただの老人にすぎないはずだった。しかし、「あ、この人知ってる」そう少女は感じていた。その老人のことならなんでも知ることができた。しかしなぜ自分がその老人のことを知っているのかということは少女にはどうしてもわからなかった。
 すると少女の視線に老人も気がついたらしく、「はて、どちら様だったでしょう?」と声をかけてきた。
 少女は答えなかった。答えられなかったのだ。
 自分の名前がわからない。いや、名前だけではない、少女は自分のあらゆる記憶が失われているということにその時初めて気がついた。少女にとって自分の事だけはどうしても知ることができなかった。
「この人は誰!? 私はいったい誰なの!? 私の記憶を返して!!」少女は気も狂いそうだった。
 しかし、望みはかなった。時間の流れが歪み、初めはゆっくり、そして段々と加速をつけて少女は過去へと向かっていった。
 少女は過去へと向かう時間の中で失われた自分の記憶が戻ってきているのを感じた。しかし自分が持っている不思議な力が次々と失われていくのも感じていた。きっと自分はそれらの力を得る代わりに記憶を失っていったのだと少女は思った。しかし変化はそれだけでは終わらなかった。少女は成長した。少女はもう少女ではなく大人の女性となっていた。そしてやがて老化が始まった。それはもうどうすることもできなかった。
 やがて、時間は止まった。あの老人が少年だった時間に。そして彼女は知った。その少年の名前と少年が呼んでくれた自分の名前、そしてその少年が自分の初めて恋をした人だということを。
 そして、時間はまた未来へ向けてゆっくりと流れ始めた。
 ある晴れた春の午後だった。
 やわらかい光のそそぐ公園のベンチに一人の老女が座っていた。せわしなく流れていく街の時間と切り離された、その老女だけの時間がそこに流れているように見えた。
 しかし、彼女は待っていた。あともう少しであの頃のようにここを一人の少年が通ってゆく。そう、きっともうすぐあの少年がやってくる。彼女はそれを初恋をした頃のような目をして待っているのだった。
 あの日、少女が少女だったように。

あとがき
 96年6月の作品。初採用作品でした。  放送されたのは96年7月20日で、最後でかかった浩子さんの曲は「銀の記憶」でした。ちなみに、放送されたものでは部分的に削除されたりするということがあるわけですが、この作品では冒頭の1行が削られてました。……すごく気に入っている部分だったのですが(^〜^;)
 浩子さんに「よく考えてみるとよくわからないけど、この先どうなるのか考えてしまいますね」というコメントをいただいたので、続きも出来たら考えようかな……と思っていたのですが、その前に番組が終わってしまいました。